事案の概要
2021年2月、地方で複数店舗を運営する事業者から、新規性のある業態による新店舗建設について相談を受けた。想定投資額は約1億円、実施時期は1年以内とされていた。
当時はコロナ禍の影響下にあり、都市部では類似するサービス形態が広まりつつあった。地方においては定着までに時間を要する可能性があったが、社会環境との適合性は一定程度見込まれていた。
事業再構築補助金を活用する前提で事業計画を整理し、申請を行った。補助金は採択され、約6,000万円の補助対象となった。
用地取得、近隣住民への説明、行政手続き、店舗備品の手配まで準備は進んでいた。
当時の前提条件
補助金には厳格な実行期限が設定されていた。
建設費は当初見積もりを前提に事業計画を組んでいた。
代表者は高齢であり、事業の長期化は承継上の制約を伴っていた。
法人としては既存事業でコロナ禍を乗り切る体制は整っていた。
検討されていた選択肢
選択肢A:建設費の増額を許容し、補助金を活用して実行
選択肢B:計画を中止し、補助金を辞退
選択肢C:計画を練り直し、補助金を使わずに実行
判断が生じた局面
建設準備の過程で、ウッドショックの影響により建築資材価格が急騰した。再見積もりの結果、建設費は当初計画から約2割増加する見込みとなった。
この時点で、当社は本件を補助金前提のまま進めるべきではないと判断した。
補助金の実行期限とコスト上昇が同時に発生したことで、計画を修正しながら進めるための判断の自由度が失われると結論づけた。
判断を実行した局面
建設費の再見積もりを受け取った翌日、事業者との打ち合わせを行った。
私自身が関与して作り上げた計画を、実行に移さない判断だった。
その場で、私は次のように伝えた。
「この状況で補助金を使いながら進めることは、判断を先送りしたまま実行に入る構造を生みます。それは避けるべきだと判断しています」
すでに進んでいた準備の重さは、双方が共有していた。同時に、この判断がもたらす影響についても整理した。
事業者はこの判断を受け取り、本件は実行しない方針で整理された。
判断内容
採用した判断:実行を止める
採用しなかった判断:選択肢A、選択肢C
判断理由
建設費増加により、当初の事業計画との乖離が生じた。
補助金の期限が、再設計・再検討の余地を奪った。
人材確保の見通しが不透明になった。
計画の長期化は、代表者の年齢を踏まえると事業承継上のリスクが高かった。
回避されたリスク
金額面
補助金以外に必要となる自己資金投資:約4,000万円
金額以外
判断を遅らせることによる時間損失
計画の長期化による事業承継リスク
実行後に修正が困難となる構造的リスク
実行・非実行の結果
本件の新規事業は実行されなかった。
取得済みであった用地は、約3年後に売却され、金銭的な損失は発生しなかった。
当社の関与範囲と責任
本件において、当社は「進めない」という判断を引き受けた。
その判断は、当社を代表して私が行使した。
記録としての結語
本件は、補助金が採択された後であっても、条件の変化を受けて実行を止める判断を行った記録である。
本記事は判断の経緯を残すものであり、一般化や教訓化を目的とするものではない。